再生医療の進歩にともなって、幹細胞培養上清液とともに「エクソソーム」(Exosome)という言葉がよくでてくるようになりました。エクソソームの働きは、研究が盛んにおこなわれ、エクソソームを利用したがん治療のために創薬の研究もおこなわれています。
本稿では、エクソソームとは何か?から述べたいと思います。
そもそもエクソソームとは何なのか
2007年ごろからエクソソームとよばれる物質が注目を浴びてきました。この年のJan Lotvall博士の論文、報告が影響しているといわれています。この物質は細胞から放たれ、細胞どうし、臓器どうしで会話するようなメカニズムを担う働きが明らかになってきています。
エクソソームは、血液をかけめぐる微細な物質で、細胞間でさまざまな指令のやり取りをするメッセージで、細胞から分泌される直径50~150nm(ナノメートル:10億分の1メートル)の顆粒状の物質とされています
その表面は細胞膜由来の脂質、タンパク質を含み、内部には核酸(マイクロRNA、メッセンジャーRNA、DNAなど)や、タンパク質など細胞内の物質を含んでいます。
エクソソームは細胞外小胞(Extracellular vesicle)というものの一種とされており、細胞外小胞にはエクソソームのほかにマイクロベシクル、アポトーシス小体というものがあり、それぞれ産生機構や大きさが異なります(図1)。
エクソソームは、エンドサイトーシス(細胞が細胞外の物質を取り込む機構の一種)により細胞内にできたエンドソームがさらに陥入することで作られた膜小胞が、細胞外に放出されたものです(図2)。
エクソソームには、共通に含まれるタンパク質があります。表面にはテトラスパニン類(CD9、CD63、CD81など)やインテグリン類などの膜タンパク質、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)分子が、また内部には多胞体形成に関連するタンパク質(Tsg101、Alix)、熱ショックタンパク質(HSP)が多く存在することが知られています。
図3では脂質二重膜に囲まれたRNA、DNA、タンパク質、代謝物を含むエクソソームの構造を模式的に示しています。エクソソームの表面には細胞膜成分が、内部には細胞内の物質が含まれるため、分泌された元の細胞の特徴を反映していると考えられています。
エクソソームはどんなことをしているのか?
細胞から分泌されたエクソソームは、細胞と細胞の間に存在するだけでなく体液(血液、髄液、尿など)にも存在しており、体中を循環しています。エクソソームの重要な機能として注目されているのは、細胞間の情報伝達に使われているということです。前述のようにエクソソームはその内部に核酸、タンパク質などを含んでいます。分泌した細胞の核酸(マイクロRNA、メッセンジャーRNA)がエクソソームを介して受け取り側の細胞に伝達され、機能していることが報告されたことから、エクソソームは細胞間のコミュニケーションツールとして働いていると考えられています(図4)。
近年、エクソソームはさまざまな病気に関わっていることが示唆されています。その代表が「がん」との関係です。最近では、悪性度の高いがん細胞から放出されたエクソソームが悪性度の低い細胞に働きかけ、その細胞の性質を変化させることを証明した報告も出ています(図5)。
がん細胞から放出されるエクソソームは、がん細胞の生存、悪性化、転移などに関与し、がん細胞に有利に働くように機能していると考えられています。たとえば、マウスに肺転移性のがん細胞由来のエクソソームを事前に静脈投与して、その後骨転移性のがん細胞を静脈投与すると細胞自体には肺転移能がないにもかかわらず、エクソソームの事前投与により肺への転移が増加することが報告されています。
がん細胞から分泌されるエクソソームは、がんが生存しやすいように細胞外の環境を整える、免疫細胞を抑制する、新生血管を誘導する、さらには他の細胞の性質を変化させるものと考えられているようです。
乳がんの脳転移について
東京医科大学の落谷孝広特任教授の著書『「がん」は止められる』(KAWADE夢新書)によると、乳がんの患者さんで脳に転移のある方と、ない方の血液をそれぞれ調べ、エクソソームに含まれるマイクロRNAを比較されています。その結果、脳転移のある方にはあり、転移のない方からは検出されないマイクロRNAを発見しています。
乳がん細胞は、まず先遣隊としてエクソソームを派遣します。そのエクソソームが血液脳関門に到達すると、マイクロRNA(miR-181c)で関門に穴を開けます。そして、後から来たがん細胞がここを通過して脳転移をおこすということを発見しています。
エクソソームの生理機能
エクソソームはもともと、網状赤血球が成熟期に膜機能を調節するために分泌する膜外タンパク質であると考えられていました。1996年、Raposoらは、Bリンパ球のような免疫細胞が抗原提示小胞を分泌することを発見しました。分泌されたエクソソームは、エフェクターCD4+T細胞の抗がん活性を直接刺激したと報告しています。2007年にValadiらは、細胞がエクソソーム中のRNAを介して遺伝物質を交換できることを発見しています。これらの発見により、多くの科学者たちはエクソソームの組成と機能について理解を深め、病気の診断や治療にどのように利用できるかを考え始めたようです。
エクソソームは、受け取った細胞内に特定の成分を放出することで、物質輸送やシグナル伝達に広く関与しています。膵臓がん細胞では、KRAS変異がマクロサイトーシスとエクソソームの吸収を促進するという報告があり、またメラノーマ細胞は、エクソソームと細胞膜の融合を促進することによって、エクソソーム成分を吸収するという報告があります。さらに、エクソソームには、抗原提示や免疫寛容などの免疫調節活性もあるといわれています。
これらのエクソソームは、抗原提示細胞と相互作用することで、間接的にナイーブT細胞やB細胞を活性化し、CD4+T細胞の増殖を促進する可能性があるようです。
一方、腫瘍由来エクソソームはPD-L1依存的にマウスの樹状細胞の成熟を阻害し、それによってT細胞を介した免疫応答を低下させたという報告があります。エクソソームが運ぶ核酸は、自然免疫活性と適応免疫活性を制御する可能性があり、間葉系幹細胞や腫瘍細胞由来のエクソソームもまた、免疫応答において特別な役割を演じたエクソソームは、いくつかのウイルスの感染に関与しているといわれています。
エクソソームとがん免疫
多くの研究が、エクソソームとがんの発生や進行との密接な関係を実証しています。腫瘍微小環境では、エクソソームは腫瘍細胞、免疫細胞、間質細胞の間で生物活性分子を伝達し、がん細胞が免疫監視から逃れ、免疫寛容を誘導するのを助けることができるといわれています。これとは対照的に、免疫細胞由来のエクソソームは、がん細胞を免疫監視から逃れさせたり、免疫寛容を誘導したりします。この免疫細胞由来のエクソソームは、腫瘍の成長、増殖、転移を抑制するといわれています。
エクソソームは、人間の体にいいエクソソームと、がん転移のように体によくないエクソソームがあるのです。
エクソソームと幹細胞培養上清液について
よくある質問です。エクソソームと幹細胞培養上清液は、両方とも細胞培養に関連していますが、異なるものです。エクソソームとは前述してきたように、細胞が放出する小さな細胞外小胞子で、直径が50〜150ナノメートル程度のものです。
細胞内の機能分子や情報を含んでおり、細胞間相互作用、細胞内通信、代謝の調節などに関与しています。また、病態生理学的状態の診断や治療法の開発にも利用されており、エクソソームは、細胞培養上清液から分離することができます。
一方、幹細胞培養上清液は、幹細胞を培養する過程で放出される培養上清液であり、サイトカイン(成長因子)、ホルモン、細胞外マトリックス、RNA、エクソソームなどが含まれています。幹細胞培養上清液は、幹細胞を増殖させ、分化させるための環境を提供するために用いられます。
エクソソームと幹細胞培養上清液は同じですかという質問もよくされます。幹細胞培養上清液に含まれる成分は、幹細胞が放出するエクソソームを含む場合がありますが、エクソソームと幹細胞培養上清液は異なるものです。
エクソソームは細胞が放出する小胞子であり、幹細胞培養上清液は幹細胞を培養する際に放出される成分の混合物です。エクソソームは細胞から分泌される物質であるため、もちろん「幹細胞」からも分泌されます。
マイクロRNAについて
最近は、マイクロRNA(miRNA)という言葉もよくききます。昔、高校などの生物学の授業で習ったのは、「細胞の核内でDNAによって保存されている遺伝情報は、RNA(詳しくはメッセンジャーRNA: mRNA)に写し換えられ、このmRNAの情報を基に細胞質でタンパク質が合成される」ということだったと思います。合成されたタンパク質が状況に応じてバランスよく作られることで、細胞そしてその集合体である組織・臓器が正しく機能することができます。
この「バランスよく作る」という調整役を担っている因子の1つがマイクロRNAです。マイクロRNAはmRNAと同じRNAの仲間ですが、mRNAと比べてとっても小さく、そしてタンパク質を合成する情報を持っていません。
現在までにヒトでは約2700種類のマイクロRNAが見つかっているようです。では、この小さなマイクロRNAが、どのようにしてタンパク質合成を調節しているのでしょうか?
マイクロRNAはmRNAに結合することができ、1つのマイクロRNAが結合できるmRNAが複数(およそ100種類以上)あることが知られています。マイクロRNAがその標的となる複数のmRNAに結合すると、それぞれのmRNAからタンパク質への合成が抑制されます。しかも、タンパク質合成を完全にOFFにするのではなく、あるタンパク質は20%のOFF、別のタンパク質は50%のOFFといった抑制をしているといわれています。
がん抑制遺伝子のmRNAに結合することができるマイクロRNAが必要以上に増えてしまうと、結果としてがん抑制機能を持つタンパク質は減ってしまいます。逆に、がん遺伝子のmRNAに結合するマイクロRNAが減ることで、それまでタンパク質合成が抑制されていたがん遺伝子産物(=細胞増殖を促進するタンパク質)が増えてしまいます。
このように、タンパク質合成の調整役であるマイクロRNAの異常な振る舞いによって、細胞増殖などに関係するタンパク質量がアンバランスとなり、その結果がんの発生に関わっていることが明らかになっています。
今回はエクソソームとはということを説明しました。別の機会ではエクソソームとがん治療についてご説明したいと思います。
参考文献
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